※個人の見解です

思考の整理や自分語り

ぼくのかんがえたさいきょうの自傷とかの話

先日、腕を切っていないことをよかったねと言ってもらって素直に嬉しかったけど実は腕を切らないことがぼくのかんがえたさいきょうの自傷行為とは言えなかった!

 

形の無かった痛みに整合性を持たせるために刃を立ててたのが過去。

形ができた痛みに気付きつつも刃を立てないのが現在です。

正体がわからなかったからいやだったものはもう既に切り傷って形になっている。転じて、正体の分からない何者かは切り傷だと知ってる。痛みを痛みとせずに興奮に変える脳内麻薬のうんちゃらかんちゃら。

 

ずっと前から俺にとって、刃物は傷つけるためのものじゃなくて、大切なものだった。

あんまりキンキンに鋭いから優しさを履き違えてしまったんだと思う。そんで依存した結果が自傷行為の中毒だ。

何でも断ち切れそうな強さはあるけどそれは違ったんだよ。辛さの形のことは痛みとして彫りだしてくれたけど、それ以上依存するべきじゃなかったんだ。何でもは断ち切ってくれないし優しいわけじゃなかったんだ。

形がある敵は倒さなきゃいけなかった。あんまり強大だから倒せなかった。

 

現在。

辛くてしんどいことがあったら、未だに腕ががったがったに暴れる(ような錯覚を起こす)。それを鎮めるために腕をぶった切ってしまいたくなる。ただ起きて死にたい時だって刺激が欲しくなる。つまり切りたくなる。インスタントに一足飛びした現実感とか快感が欲しい。

それを奥歯で噛み潰すのが最悪な感触で気持ちがいい。気が狂いそうで腕が千切れてしまいそうな禁断症状を押し潰すのが本当に最悪でクセになる。

形がなかったものに形を与えて、また形を排除している段階だ。

自傷行為を脱却するプロセスとして正しいかはちょっと分からない。というか噛み潰すことが最大の自傷行為である認識でいる。

 

何回か言ったことがあるかもしれないけど、ブラックジャックが「禁断症状は48時間で最高になる」と言った。ヤク中になっていた先生を治療することになった回だ。今も俺は一番辛いところを求めて迷走してる。最高の禁断症状はどれだけ辛いんだと痛いんだと正直ワクワクした。薬物なんかやってない、それも一人暮らしの時期にだ。

期待通りワクワクしたまま禁断症状に襲われたりして、一人で唸ってシーツに穴を開けて、結局かなりの期間切っていない。

 

すげえっちゃすげえかもしれないけど、切らないことこそ自傷行為になってるから世話ない。堂々と喜べない。まー禁断症状を自傷行為に転換できるのは特異な例なのかもしれないなあ。知らないけど。この場合精神依存だったか肉体依存だったかどっちなんだろうね?実はどっちでもなかったんかな?身体にまで侵出した中二病かな?

 

光トポグラフィや血液検査が発展したらぼくは詐病になりそうと怯えてる。しかし病気だと現実では公言してないからいい気もする。怯える必要も無い。いきやすいようにいきるのみだ。今日も眠剤は飲んだ。が、これが生きやすい道の一つなら仕方ない。

寝るのに緊張も化学も要らなくなるといいね。いいよね。

誰も後悔することがないといいと思うのは平和ボケの贅沢か。空想ぐらいは許せ。ところでこの日記日本語通じてたでしょうか?不安です。

おやすみなさい。